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2008年11月 5日 (水)

殖民軌道の面影~風連線奥行臼停車場跡

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北海道の開拓にあたって、
鉄道は大きな役割を果たしましたが、
その役目を終え、廃止となった
国鉄~JRのローカル線は少なくありませんweep

また、その国鉄以外にも、
開拓前線の人々を支えた簡易鉄道がありました
殖民軌道と呼ばれた北海道独特の路線です
当初は馬車が活躍し、
未開拓地への道路の代わりだったそうです
時代は下って、道路整備と自動車の普及により、
昭和40年代にその役目を終えました

その面影を求めて、道東旅の途中で訪ねた回顧録ですhappy01

Dscf5411

古いバスのような小さなディーゼルカー(自走客車)です

車両の幅がかなり狭いのを感じられると思いますが、
線路の幅も762ミリsign01
新幹線の半分の幅しかありません

Dscf5415Dscf5417

後ろには、晩年牛乳輸送に活躍したディーゼル機関車と貨車、
機関車は運転台を覗けましたhappy01

Dscf5412Dscf5414

ここは別海町sign01
下の地図の職員詰所前に保存されています

接続していた国鉄~JRの標津線も既に廃線weep

Dscf5416Dscf5418

付近には、転車台と車庫の遺構も残っています

私たち観光客が「北海道らしい風景」を求めて
簡単に道内各地を訪問できるのは、
こうした開拓の歴史と先駆者の苦労があってのことだと
改めて思ったのでしたthink

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コメント

 昭和45年頃の鉄道ファンに「ミルクを飲みに来ませんか?」というタイトルで記事が載っていたのを覚えています。ヘロヘロの線路にDLがミルクタンクを積んだ台車を牽引して走ってる写真を見た事があります。
当時の北海道なんて「外国」のような気がしてました(笑)

投稿: ネーポン | 2008年11月 6日 (木) 21時27分

>ネーポンさま
昭和45年頃といえば、蒸機を求めて渡道される方も多かった頃でしょうか
こうした簡易軌道(殖民軌道)には鉄ちゃんは見向きもしなかったと聞きましたが、特集記事はあったのですネ

投稿: 181やくも | 2008年11月 7日 (金) 09時36分

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